石橋克彦『リニア新幹線と南海トラフ巨大地震-「超広域大震災」にどう備えるか』(集英社新書,2021)
著者は神戸大学名誉教授で地震学・歴史地震学が専門。リニア中央新幹線(以下「リニア」)は技術・経済・環境などの面から問題が多々指摘されてきていますが,地震学や地質学・土木工学の観点からその危険性を指摘したものは,書籍では見かけなかったように思います(著者:石橋氏による論考はあり)。本書では地震や断層についての解説はもちろん,リニアの技術や土木分野の説明も尽くされていて助かります。リニアがいかにヤバイ代物であるかを早く知りたい向きにはまずは第1部・第3章か第4章から読むことをお勧めします。本書の構成は次の通り。
第1部 リニアは地震に耐えられない
第1章 リニア中央新幹線とは何か
第2章 地震危険性を検討しなかったリニア計画
第3章 活断層が動けばリニアは壊滅する
第4章 南海トラフ巨大地震から復旧できるか
第2部 ポストコロナのリニアは時代錯誤
第5章 地球温暖化防止に逆行するリニア新幹線
第6章 ポストコロナの日本を「超広域複合大震災」が襲う
第7章 「超広域大震災」にどう備えるか
第8章 リニア中央新幹線の再考を
リニアはエネルギーの点からも防災の点からも問題が多い。第2部では視野を広く,来たるべき大震災にいかに備えるかという視点から論を進めています。
では,第3章から特に注目すべき指摘を--「『リニア活断層地震』の惨状」(PP.73-75)より
【断層運動が直撃した場合の惨状】
リニア中央新幹線の品川・名古屋間路線のトンネルは,知られているだけで12の大きな活断層と交差している。これらのいずれかでM7前後以上の地震が起こると,発生と同時にトンネルが何mかの段差を生じて切断される。そこを列車が走っていればトンネルもろともである。列車はちぎられ,砕かれて,一部は地山に咥え込まれてしまう。断層運動に巻き込まれなくとも,時速500kmが瞬間的にゼロになったとき,乗客は無事には済まない。
【救助できない】
斜坑やトンネル内の損傷が大きく,大量出水があったりして,救助隊も容易には現場に近づけない。そもそも情報ケーブル類が切断されればどこで何が起きたかわからない。
【復旧も無理】
復旧も困難を極める。長距離にわたる再掘削が必要になり,経費的・技術的制約も含めて,最悪の場合には復旧せずに廃線となるかも知れない。
次に第4章から--「トンネルからの避難ができない」(pp.112-117)より
【地下に大量の避難民】
運行時間帯に南海トラフ巨大地震が起これば,必ず早期地震警報システムが作動して全列車が停止する。また広域停電も発生する。数時間以内に運転再開する見込みは立たないだろうから,上下線で合計10本前後の列車の全乗客,数千人から1万数千人が避難することになる。ほとんどが大深度地下からの脱出である。
【都市部の地下】
最寄りの立坑まで歩いたあとエレベータで地上に出られることになっているが,エレベータが故障していれば40m以上を階段で昇ることになる。トンネル内や立坑が地震被害に遭っていることも十分考えられ,最悪の場合,全員が地下に閉じ込められる。地上も大震災に見舞われているので,地下の避難民の救出は困難を極めるであろう。
【山岳トンネル内】
長大山岳トンネル内で停車した場合には,乗客は保守用の狭い通路を数km先の斜坑の入口まで歩き,そこから斜坑を歩いて地上(山の中)に出ることになる。品川から150km地点となる南アルプストンネル中央で停車した場合,最寄りの斜坑では地上まで標高差320m,長さ3.5km。何本もの断層と交差しているので強震動や地殻変動で損傷して通れないおそれがある。また斜坑の出口付近は地すべりのため出口が閉ざされているかも知れない。無事地上へ出られたとしても,標高1535mの高所であり冬季なら積雪の中である。出口から最寄りの小屋まで徒歩1時間,さらに最寄りの集落までは徒歩8時間。救出しようにも山岳地帯ゆえ大型ヘリコプターが使えない。地元の静岡県は強震動と津波で全域が被害に遭っているはずで,リニアの乗客の救出には手が回らないのではないだろうか。