「東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」を道立近代美術館で見てきました。東山魁夷展は以前にも見たことがあったので,「やってるなら見ておくか」という軽い気持ちで出かけたのですが,それはそれは期待を遙かに上回る圧倒的な偉業。順路に従って見るにつれ絵の凄さへの理解が深まり,最後まで見てから初めに戻ってもう一度見ました。
「御影堂」は史料などでよく写真を見る「金堂」とは別の,「鑑真和上坐像」が安置されている建物です。東山はここの5室68面の襖と床の間面などに全長80 mを超える超大作を,1971年から1981年まで,日本や中国へのたびたびの取材を含め,足かけ11年かけて制作しました。視力を失った鑑真が見ることのなかった日本の風景と帰ることのなかった故郷・揚州やなど中国の風景を捧げることで,「鑑真の魂の安寧を祈る」ものとなっています。
70枚もあるし,襖絵なのだから,襖を並べてエイヤッと描いていったのかな?…などと浅はかなことを考えていたものですが,見当違いも甚だしいのでした。
まず,日本と中国の各地を取材旅行しています。大画伯のことですから山とか海とかであれば脳内に湧いたイメージをどんどん描いていってしまえそうに思えますが,脳内イメージには限界があるということなのか,現実の自然が想像を凌駕するということなのか,「これは」という絶景を探して実に日本中の山・海を歩き回り,中国へも3度出かけています。それ自体立派な1枚の作品であるスケッチが100点以上も生まれています。
そして,驚くべきはその計画的で緻密な仕事。下図があったことだけで私は驚いていたのですが,下図が何種類もあるのです。
①小下図 襖の配列を考慮しながら構図をまとめるもの。20分の1。
②中下図 絵の要素となる形を輪郭でとらえるもの。5分の1。
③割出図 下図を引き伸ばして再現する際の補助とするもの。ここに座標を取るための精密な線が無数に引かれています。5分の1。
④大下図 ③をもとに原寸大にしたもの。
これでようやく本制作に移るのですが,同時に
⑤試作 本制作と同じ材料で描くことによって手順や表現方法を確認するもの。5分の1。
まで描かれています。(この部分の記述には図録の解説を参考にしました)
いやはや,絵画の技術とか才能はもちろんですが,頭脳明晰で真面目で職人気質で根気があって体力もあって…と何拍子も揃っていなければとても成し得ない仕事です。東山の生涯を代表する作品群であるといわれるのも頷けるのでした。
展覧会は7月28日まで開催(月曜定休)。鑑真については井上靖の小説『天平の甍』(新潮文庫)をお勧めします。
東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展