(2012.4.12記)
今年、中学校では新指導要領に従って教科書が改訂されました。その中で、中2生物分野の「消化と吸収」のところで、従来
「脂肪は脂肪酸とグリセリンに分解される」
とあったのが、
「脂肪は脂肪酸とモノグリセリドに分解される」
と変更になっています。昨年までの教科書から変わった部分は多々ありますが、ここは最も重大な変更点のひとつでしょう。
「モノグリセリド」は「グリセリン」を別の言い方にしたものではなく、別の物質です。従来は「グリセリン」で正しいとされてきましたが、最近の研究により「グリセリン」でなく「モノグリセリド」が適切であるとわかったそうなのです。詳しいことはこれから書きますが、最新の研究の成果が中学生の教科書にも反映してしまうところが生物科はすごいなと思うのであります。
デンプンやタンパク質が分解されてできる「ブドウ糖」や「アミノ酸」の名は生活の中で目/耳にすることがありますが、「モノグリセリド」はまずありません。どうしてまたそんなものものしい名前がついたのか?グリセリンとはどう違うのか?と気になる人も多いでしょう。それが自然だと思いますし、それでこそ理科です。実は、先ほどの「最新の研究の成果」の内容と「モノグリセリド」という妙ちきりんな名前の由来とは深い関係があります。高校化学の領域に少し踏み込みますが、できるだけ易しく書くようトライしてみましょう。
まず、化学で物質名を付けるときによく使われる「モノ( mono )・ジ( di )・トリ( tri )」という言葉を押さえてください。それぞれは順に「1・2・3」を意味し、同じまたは同種の原子とか原子の集まりが何個くっついているかを表します。モノ・ジ・トリが付いている語句は理科関係に限らず身近に結構あります。それぞれの用例はこの記事の末尾に書いておきました。
では本題--
脂肪と呼ばれる物質はグリセリンに脂肪酸が3つ結合した形をしています。グリセリンというのはアルコールの1種、脂肪酸というのはパルミチン酸・ステアリン酸・オレイン酸・リノール酸などといった、常温で固体とか液体のアブラに含まれている酸の総称です。グリセリンに脂肪酸が結合したものはグリセリドと呼ばれ、結合する脂肪酸の数が3個であればトリグリセリドとなります。結合する脂肪酸は3つとも同じでも違っていてもいいので、トリグリセリドつまり脂肪にはたくさんの種類があることになります。
脂肪=トリグリセリドは膵(すい)液に含まれる消化酵素リパーゼによって分解されます。動物の体内ではたらくリパーゼには2種類あって、1つはトリグリセリドから脂肪酸を1つはずします。この場合、はずれる脂肪酸は両側のどちらかで、中央のやつには作用しない(しにくい)ようです。脂肪酸が1つはずれたら、グリセリンに結合している脂肪酸は2個になりますから、ジグリセリドです。
さらに、もうひとつのリパーゼがジグリセリドから脂肪酸をまた1つはずします。はずれるのはさっきはずれたやつの反対側で、中央のやつはやはりそのまま。グリセリンに結合している脂肪酸は1個になりました。これがモノグリセリドです。
従来は、さらにもうひとつのリパーゼがモノグリセリドから最後の脂肪酸をはずし、めでたくグリセリンのできあがり…と考えられていました。トリグリセリドからはずれた「3つの脂肪酸とグリセリン」が小腸の柔毛の壁を通過すると、すぐ脂肪に再合成されて(せっかく分解したのに…)リンパ管に取り込まれる、ということでした。ところが最近の研究の結果、どうやら分解は「2つの脂肪酸とモノグリセリド」までで終わり、最後の脂肪酸がはずれる前に柔毛の壁を通過してしまうらしい。それから柔毛の中で再合成されるということです。
ところで、今回の変更は新中2からが対象。新中3の人は旧教科書に「グリセリン」とありましたし、昨年度までの移行措置内容にもありませんでしたから、テストや高校入試で問われた場合「グリセリン」と答えても心配は要らないはずです。もちろん「モノグリセリド」と答えても全く正しいわけですからやはり心配は要りません。まあ、この件は採点基準がビミョーになるので当分出題されないと思われますが、いかがでしょうか。
なお、この記事を書くにあたり、「新理科教育ML」で質問して教えていただいたことや、啓林館のHPでの記載を参考にしました。 ありがとうございました。
【モノ(mono)の用例】
モノカルチャー(monoculture)は単一経済、モノレール(monorail)は線路が1本、モノクローム(monochrome)は白黒単色、モノラル(monaural)はステレオでない単一の音、モノトーン(monotone)は一本調子、モノローグ(monologue)は独白または独り芝居。
【ジ(di)の用例】
ダイオード(diode)は端子2本の電子素子、ジレンマ(dilemma)は二者の間で板挟みになること、ダイアローグ(dialogue)は対話。
【トリ(tri)の用例】
トライアングル(triangle)は三角形、トリオ(trio)は三人組または三重奏、野球のトリプル(triple)プレーは三重殺。
モノグリセリドとグリセリン